大阪地方裁判所 昭和44年(わ)4011号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕被告人は果物ナイフを所持して強盗に押し入つたが家人に抵抗されてもみあろうち、偶々同家に居合せた客が大声で助けを求めながら裏口から逃げ出したのを見て警察に通報されるものと観念して犯行継続の意欲を失い、到底逃げおうせないものと諦め、家人が財布を指さして「これを持つて早く出てくれ」と言うのに対し「金は要らん、警察を呼べ」と言つて室内に座りこみ、その隙に家人が表に逃げ出して隣家の者に一一〇番の通報を依頼したので右通報にもとづき駆けつけた警察官に対し「すみません、悪いことをしました」と申述して逮捕に応じた。
〔判決理由〕次に当裁判所は判示のとおり被告人の自首を認めるのであるがこの点につき若干の説明を加えると、まず、被告人が犯行継続の意思を断念し、被害者に「警察を呼べ」といつた以後は、被告人のその後の行動に徴して自首の意思を有していたこと明らかである。
弁護人は、被害者久保田の依頼により、芝垣家の家人がなした一一〇番への通報をもつて、他人を介した自首が成立すると主張するが、久保田文子が右通報を依頼するに至つたきつかけは成程被告人の「警察を呼べ」との言葉であるが、右久保田の供述調書によると、同人は右の言葉をきくや「このときとばかり表に走つて逃げ……芝垣さん方に飛び込み……強盗が入つたから警察に電話して下さい」と依頼しているのであり、また通報内容も検察官作成の電話聴取書によれば「今泥捧が入つています。すぐ来て下さい。」というのである。従つて、右事実より見れば、通報依頼者の久保田文子が、当の被害者であることや同時刻頃なされたとみうる竹内順子による高槻警察署への通報の点はさておくとしても、被告人が警察を呼べといつたからといつて、右一一〇番への通報で直ちに他人を介しての自首が成立したもの認めることは相当でない。
進んで、逮捕現場における自首の成否であるが、前記のとおり自首の意思を固め待機していた被告人が、通報で現場に駆けつけた警察官に、自己が犯人である旨申出て逮捕に応じた行為は、とりもなおさず、犯人が進んで捜査官憲に対し自己の犯罪事実を告げ、その処分に委ねる意思表示をなしたものとみることができ、従つて残る問題は被告人の右意思表示が「未だ官に発覚せざる」間になされたものといえるか否か、即ち、久保田文子の依頼による一一〇番の通報および竹内順子の依頼による高槻警察署への通報により犯罪事実のみならず犯人までも発覚しているか否かということになる。そこで、右各通報の内容をみると、一一〇番への通報は前掲電話聴取書によれば「今泥棒が入つています。すぐ来て下さい。」といつているにすぎず、高槻警察署への通報もその内容は本件記録上明らかではないが、通報者が犯人とは一面識もない以上、右一一〇番通報と同程度の域を出ないものと解さざるをえないので、結局、捜査機関が右両通報によつて知り得たことは、本件犯罪の発生および犯人が未だ犯行現場に居るから来てくれというだけであつて、犯人の氏名、住所は勿論人相服装、身長、年令など犯人を特定しうる事項は全く知らされていないのであるから、右各通報によつては未だ犯人は発覚していなかつたものといわざるを得ない。
もつとも、かく解すると、一一〇番への通報は通常右程度のものが多いので自首の成立範囲が徒らに拡大されるとの懸念もありうるが、本件の様に犯人が自首の意思をもつて現場に待機する事例は比較的稀であろうし、また通報により警察官が現場に急行する間に逃走し(本件においてもそれが可能であつたことは関係各証拠に徴して明らか)、しかる後に自ら出頭する場合にも自首を認める余地があるとすればそれとの均衡を失することとなる。
よつて、被告人が犯行現場において駆けつけた警察官に対して「すみません、悪いことをしました」と申し述べて逮捕に応じた行為は有効な自首と解するのが相当である。(戸田勝 宮嶋英世 島敏男)